2026年4月24日(金)~6月21日(日)、カクイックス交流センター(鹿児島県民交流センター)で「ヨシタケシンスケ展かもしれない」を開催しています。
絵本作家としてのデビュー作『りんごかもしれない』(2013年、ブロンズ新社)以降、子どもから大人まで大ブームを巻き起こしているヨシタケシンスケさん。
初の大規模個展となる本展では、約2,500点の小さなスケッチや絵本原画、絵本の世界に入ったような体験ができる立体作品などが展示されています。
絵本作家・イラストレーター
ヨシタケシンスケ さん
PROFILE:
1973年神奈川県生まれ。2013年に初の絵本「りんごかもしれない」〈ブロンズ新社〉を出版。以降、30冊以上の絵本を出版し、国内外にわたり数々の賞を受賞
あちこち編集部が記念セレモニー&展覧会をレポート!
本展の開幕前に行われた記念セレモニーでは、ヨシタケシンスケさんが登場。招待客など約50人が内覧会やギャラリートークを楽しみました。今回は、あちこち編集部もセレモニー&展覧会に参加!その様子をレポートしていきます。
◆記念セレモニーにヨシタケシンスケさんが登場

オープニングでは、ヨシタケさんが
「40歳になるまで、自分に絵本が書けると思っていなかったし、自分の思っていることを人に見せるという人間に自分がなるとは思っていませんでした。駅前でギターをかき鳴らせるようなタイプの人じゃないとできないと思っていたので。ぼく自身いまだにびっくりしています。展覧会を見に来てくれた人にも、未来って〝意外と分からないものだな〟と思ってもらえたら。自分ができないと思っていたからこそできるモノもあるんだな、やりたいと思っていなかったからこそやれるモノもあるんだな、と思ってもらえたらうれしいです」と話しました。
◆ギャラリートークでは、展覧会の見どころや創作過程を語る

ギャラリートークが行われたのは、スケッチ約2,500枚が並ぶ空間。ヨシタケさんが、長年にわたって身の回りのできごとを描きためてきた、小さなスケッチたちです。「単純に、気持ち悪って思ってもらえたらうれしい」とヨシタケさん。独特の感性が垣間見えます。

初めて訪れた鹿児島の印象や、会場限定の「ご当地スケッチ」などの裏話も聞かせてくれました。
あの〝ぢゃんぼな和菓子〟を食べたときのエピソードが見られるかも!?
「ぼくの絵本ができるまでの〝頭の中の空間〟を落とし込んでいます。絵本作家の展覧会って、その人の描いた原画、もともとの絵を飾ることが多いんですが、ぼくの場合、絵が小さいので、それだけ飾ってしまうとすぐ終わっちゃうんです。なので、どうやったらわざわざ来ていただいた方に〝良かった〟と思ってもらえるかを考えて、絵本ができるまでのアイデアの紆余曲折や、ボツになった原稿、お子さんが絵本の世界を体験できる遊具など、絵本の中でぼくが言おうとしていることを体験できる場所としてつくってあります。普段ぼくの絵本を読まない人にも楽しんでいただけるものになっています」とヨシタケさん。
◆あちこち編集部が展示場に潜入!

入り口には、見覚えのある段ボールのオブジェ。そう、これは展覧会ポスターに描かれている〝展覧会場〟ではないですか。看板の「ほんとうの会場はこっちかもしれない」の矢印に沿って進んでいきます。

ヨシタケさんが筑波大学に在籍していたときにつくった、立体造形作品も並んでいます。
これが、ヨシタケさんの原点!と何だか感動してしまいます。


絵本の原画は、ほんとうに小さい!原画はほとんどが線画。実はヨシタケさん、色を付けるのが苦手で、彩色はデザイナーさんに任せているんだそう。
はじめのころに「色を付けてみよう!」と試みた貴重な資料も展示されているので、ぜひ会場内で探してみよう。


デーンとお迎えしてくれるのが、絵本『ころべばいいのに』(ブロンズ新社)のアイツ。もちろん、一緒に写真を撮りました!会場内は〝写真撮影OK〟なのもうれしいところ。
「つまんないかおでしゃしんをとろう」「じごくのトゲトゲイス」など、いつのまにか絵本の世界にどっぷりはまっています。


会場内の、「おまじないづくりコンピューター」では、わたしの結果は「マクラを、ともだちだとおもってひみつをうちあけると、10年後にいいことがあるそうです」とのこと。10年後、覚えているかなあ…
◆魅力的なグッズが満載で時間を忘れて滞在

絵本のキャラクターがかわいいグッズになってずらり。ぬいぐるみや文具、お菓子など、時間を忘れて見入ってしまいます。

まずは、鹿児島会場限定の「西郷せんべい」。なんと、パッケージの西郷さんをヨシタケシンスケさんが描いています。
「サイコーでごわす」の鹿児島弁にも注目。〝限定〟の文字に惹かれて、気付けば2箱買っていました。

「ヨシタケシンスケ展かもしれない展覧会公式図録 こっちだったかもしれない」は、496ページの厚い一冊。絵本のラフやアイデア、絵本原画の他、展覧会のために描いた未公開スケッチを1000点以上収録しています。ミニトートは、この「展覧会公式図録」がジャストフィットのサイズ感。持ち運びにも便利です。
©Shinsuke Yoshitake
あちこち編集部が、ヨシタケシンスケさんにインタビュー!
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初めて鹿児島を訪れたと聞きました。印象はどうですか?
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空港に着いて会場に来るまでの間、まち並みを見ていて、住みやすそうなところだなあと感じました。路面電車も好きだし、両棒(ぢゃんぼ)餅もおいしかったですし。家族とまた来たいなと思いました。
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鹿児島のシンボル・桜島は見られましたか?
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はじめは曇っていたのですが、“元・晴れ男”だったので、なんとか見ることができました。実際見てみるとでかいなぁ、近いなぁと感じました。

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2022年に東京で始まった「ヨシタケシンスケ展」、昨年累計来場者数が100万人を超えたと伺いました。おめでとうございます!
鹿児島会場は20カ所目となりますが印象はいかがですか? -
「鹿児島会場」は、比較的広めの会場でゆっくり見ることができます。小さい会場だと置くのが難しかったものも展示されていて、すごく情報量の多い会場になっていると思います。割とお得な感じですね(笑)
長時間居てもゆっくり見られますし、会場内を行ったり来たりしながらたくさんの人に楽しんでもらいたいです。

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どんな展覧会になっているのでしょうか?
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絵本でぼくが伝えたいことを体験型につくり直しています。
わざわざ展覧会に来ていただくためには、そこでないと味わえない体験みたいなものに落とし込まないといけない。わざわざ足を運んでいただいたときに、「来て良かった」と思ってもらいたいので。絵本だけでは伝えきれないこと、例えば実際に投げるとか、トゲトゲに座って痛いとか、感覚みたいな形に置き換えることで、より楽しんでもらえたらと思いました。
もともと立体作品を作っていたので、絵だけでは体験できないことを考えるのは楽しかったですね。 -
ヨシタケさんの絵本を読んだことがない人でも大丈夫?
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もちろんもちろん。「展覧会」に来る方の中には、「全然興味がないけど連れてこられた」っていう人も、きっといっぱいいると思うんですよ(笑)。
そういう人たちにも、何か持って帰ってもらえたらと思っています。「なんか大変だったよ…」というより、「全然知らなかったけど面白かったよ!」って思ってもらいたいので。
お子さんとかお孫さんがいないと、そもそも絵本売り場に行かない、絵本に興味がないって人もいると思うんです。だから、たまたまご縁でここに来た人が「へ~!こういう人もいるんだね」「こういう絵本もあるんだね」「40歳ではじめて絵本書いたんだね」とか、そういう世の中の横幅の広さっていうのを〝面白み〟みたいに感じてもらえればいいのかなと思いますね。

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ところどころにある看板。展覧会の「楽しみ方」を教えてもらえるような気がしました!
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そうですね、ぼく自身がすごく飽きっぽくて、展覧会に出かけてもすぐ「帰ろうよ」となってしまう子どもでした。会場に置いてある看板(キャラクター)は、ぼくが思っていることを代弁してくれる存在。子どもの頃の自分が来ても飽きさせないようにしたかったんです。
誰よりも飽きっぽいからこそ、どうすれば飽きずにいてくれるかを考えることができる。「そちらが用意してくれなきゃ、心開かないよ」という人にも楽しんでもらうための工夫はしたいし、そういうことをするのが絵本作家の仕事のひとつでもあるんじゃないかなあと思いますね。 -
ヨシタケさん自身が楽しめる、っていうのが一番の基準になっているのですね。
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そうですね。これはぼくの絵本全部にいえるテーマなんですけど、結局他人(ひと)のことって分からないので。
「自分だったらこういう風に言ってくれたらいいんだけど」「自分だったら展覧会にこんなものがあったら面白いんだけど」って、あくまでも自分の目線しかそこにはないんですよね。
「ぼくはいいと思ったんですけどねぇ」と、さらっと言えるくらいのものの方が誠意があるんじゃないかと思うんです。「これ面白いと思うんですけどね」「たまたま好みが一緒でしたね」くらいの方がいいんじゃないかなと思っていて。他人(ひと)が何が好きかなんて、ぼくは未だに分からない。
たまたま「わたしも面白いと思うよ」と言ってくれる人が、自分が想定するよりたくさんいてくださるので、展覧会って形を保っているけど、いつか「これはわかんないわ」ってものをやり出す可能性もありますからね(笑) -
それも楽しみです(笑)
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ぼくのやっていることは、この時代だから皆さんに受け入れてもらえていると思います。
「つらいときつらいって言っちゃっても大丈夫」「嫌なやつっているよね」っていうのも以前なら無いものにされてきた。でも今は「そうだよね」「あるよね」って言ってもいい時代になってきた。時代性に味方してもらっている感覚はすごくありますね。
30年前に同じことをやっても、こういう〝弱さの肯定〟みたいなものって、あんまり受け入れられなかったので。 -
だからこそ、見た人が「これってわたしのことかな」って感覚になるのかもしれませんね。
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そうですね。〝あるあるネタ〟みたいなものを楽しんでいい世の中になってきているっていうのは、ぼくにとってはありがたいことで。
たいしたこと言ってないけど、だから面白いっていう。小ネタは小さければ小さいほど面白い、みたいな。
そんなおじさんがいてもいいよね、って(笑)


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膨大なスケッチはヨシタケさんの〝頭の中〟だと伺いました。
「頭の中を見られるなんて⁉」って感覚にはなりませんか? -
これは、なんというかあれだけやっていると、〝暗号化できる〟というか、あきらかに誰か特定の人の悪口を描いているんだけど、その人に分かんないように描いている(笑)
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見せてもいい〝頭の中〟の部分なんですね
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そうそう(笑)
絵本作家になる前、会社で働いていたときから、小さなスケッチに落書きを描いていたんだけど、後ろに人の気配がしたら隠せるようにしていたんです。
そこから、見せてもいいように描く技術が身に付いたんですね。身に付けざるを得なかった技術というか。
自分の本音を自分じゃないものに語らせるって技術があるんで、「あいついなくなればいいのに」ってことを、ぼやかして描くことができる。
そういう意味では、ウソではないし、うっかり見られても大丈夫な加工をするクセがついている。だから、見られても恥ずかしくはないんですよね。ほんとに恥ずかしいものは見せてないです。描いてもないです(笑)
ほんとに誰にも言えないくらい恥ずかしいものを、どういうふうに表現、絵と言葉にすると見せられるようになるのかな、ってことにはすごく興味があります。ぼくにとっての表現ってそれなんですね。
「絶対こんなこと言ったら怒られるけど、こういうふうに言うと怒られないんじゃないか」「こういうふうに言うとバレないんじゃないかな」「でも言いたいことは言えてるよな」って。そういうのを探すのが好きなんですよね。
自分にとっての世の中の面白がりかた、ってそれだけなんですよ。自分の〝生きづらさ〟や〝日々のしんどさ〟ってみたいなものをどう表現すると、「そうそうこれこれ」ってなるか。そういうのを考えながら、ブラッシュアップしていくのが、自分にとっての趣味というか。それがたまたまぼくは仕事にもつながっているだけというか。 -
同じようにネガティブ&心配性な人間にとっては、考え方の訓練にもなりますよね。
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そうかもしれませんね。自分に言い聞かせるための「こう考えたら、世の中捨てたもんじゃないって思えるでしょ」っていう、言い方を日々考えている。日々考えてなきゃいけないくらい、すぐダメになる。よく飽きずに毎回毎回同じことでグズグズグズグズ言ってるけど、ってなりますけど、それを原動力にする人もいるよってことが何か救いになるというか。
よくカフェで仕事をするんですけど、1時間くらい居ても何もアイデアが出ない、仕事が進まないこともあるんです。
同じように周りで仕事をしている人で、「あの人、オレと同じくらいに入ってきて1時間見てるけど、あの人も全く進んでないぞ」っていうのを見るとホッとするでしょ。オレだけじゃないなって(笑)。だから、同じように別のとこでぼくのことを見ている人も「あの人も進んでないな」って思ってるかもしれない。もがいてるぼくが誰かを救っている可能性もあるわけです。今週何も進まなかったっていう事実が、誰かを救う可能性もあるんですよ。
だから、ぼくはそれを〝言う係〟になろうっていうのは思いましたね。
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リビング新聞やあちこちは、たくさんの家族が見てくれていると思うのですが、ヨシタケさんにとって〝家族〟ってどういったものですか?
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〝家族〟ってなかなか難しい関係性ですよね。家族だからこそ言えること、できることってありますが、それと同じくらい家族だからこそ言えないこと、分かってもらえないこと、許せないことってあります。
同じことをほかのおうちの子どもがやっても「まあまあ、元気でいいね」ってなっても、自分の子だったら許せないわけですよね。それくらい家族って、他の人とは距離感が全然違う。家族だから救われている人もいれば、家族だからこそ追い込まれる人もいっぱいいる。それくらい特殊な関係だよねっていうのは間違いない。
でも、家族で一緒に暮らしている時間って実はそんなに長くない。家族だからずっと一緒にいなければならない、家族だから信頼しなければならないっていうわけでもないっていうか。
大人になれば家族は選ぶことができるっていうのは救いになってほしいなって思いますね。大人になっていく良さでもありますよね。
自分で稼いで、自分で生活できると、実は家族ってものに縛られなくても良くなる。もちろん、一緒にいたければ一緒にいればいいし。自分で選ぶことができる、それが大人になるってことなんじゃないかなって思いますね。 -
今、家族と一緒で幸せな人も、家族のことで苦しんでいる人もそれぞれの形がある…
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そうですね、それぞれの形があるけど〝こうじゃなきゃいけない〟〝なんであそこは幸せそうなのにうちはそうじゃないんだろう〟って気に病んでしまうのも人間のあるあるですよね。
うまくいかないときは、それは相性の問題。相性の問題に解決策ってないんですよ。
家族でも相性の問題ってあると思っていて「家族だから許し合わなきゃいけない」とか「最終的にはうまくいく」ほどヤワなものではないと思っています。相性が良くないと何してもやっぱりうまくいかないなと思うんですよね。時間はかかりますけど、物理的に離れたりすることで、お互いが優しさを発揮できることもあると思う。たまにしか合わない方がうまくいく関係だってあると思う。
これからは、家族の距離感って多様化していくだろうし、そういう時代になっていく。よりなっていってほしいなと思います。 -
最後に、鹿児島のみなさんへ一言お願いします!
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40歳になってはじめて絵本を描いて、自分が作家になると思っていなかった。いろんな人がいるなあってことを、展覧会を通じて感じてもらいたい。
「こうじゃなきゃいけないものってあんまりないんだなあ」「大人たちが暗い話をするけれど、未来に起きることなんて誰にも分かんないんだよ」「いいことが起きる可能性も、悪いことが起きる可能性も同じだけあり続けるんだ」って真ん中の意識みたいなものを感じてもらえたらうれしいですね。
展覧会を見終わった後は、世界がいつもと少し違ってみえてくるかもしれない。
ヨシタケシンスケワールドをぜひ体感してみてください。
